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Part-> 1 2
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はじめに・・・・
「コギャル」とは誰が考えた名前だろう。渋谷のあるカリスマ美容師との説もある。あまり良い言葉として使われていない。少々生意気で、エッチで、夜遊び好きで、援助交際に走るやつもいれば、薬に手を出すやつもいる。要するにこの世の中で一番親に心配をかけている種族である。
問題をややこしくしているのは、親たちも含めた本来良識のあるはずの大人の一部が、「援交」と呼ばれる方法で彼女たちの一部に有料で”遊んでもらってる”ことである。「コギャル」とはそんな話を聞いてくれるかもしれないオネエチャン、という含みがある。よってコギャルを命名するのはもっぱら男の方であって、自らコギャルを標榜するコギャルはよほどの目的を持った者以外ない。
コギャルと呼ばれる対象の年齢は中学生から高校生にかけてであるから、日本の大人と子供の社会は相当なジレンマに陥っていることになる。おそらく世界中で最も物に恵まれている国民でありながら・・・・
日本の代表的な作家の一人である村上春樹氏はこういう。
「日本には何でもある。ないのは夢だけだ。」
ロマンを失った大人たちは刹那の夢を手近な子供達に求め、夢を大人たちから受けられなくなった子供達は今が楽しければ良いと未来を見ることを止めた。
日本人の閉塞感がコギャルを生み出したように思える。時代のあだ花といったところだろうか。
すくすく育つ我娘をみて、他人事と思っていた頃もあったのだが・・・・
コギャル日誌 Part 1 「朝」
「行って来ます。」
と、むすめの小さな声が聞こえて靴の音が遠のく。
「おや?」と思う。
まだ午前ではないか。
普段はいつ帰ってくるのか午後3時くらいまで寝そべっていて、自宅勤務のオヤジに怒鳴りつけられながらようやく一日を始めるパターンがここ一年続いている。
無論学校にもまともに行っていない。通信制の高校で、しかも単位の取得は楽な学校だが、それすら何とか席だけを保っている状態だ。 |
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週に2回ほど焼肉店で夜のアルバイトをしているが、そのままどこでどうしているのか、明け方5時くらいにご帰宅。
その他の日は、アルバイトの代わりに遊びに行くだけの違いである。
朝まで通して遊ぶのを彼らは”オール”と呼んでいる。オールナイトの短縮型だろう。
”遊ぶ”といっても大したことをしている訳ではない。適当な場所を見つけて、ほとんどの場合ただ”だべって”いるだけだ。唯一彼らが誰の注意も受けずに過ごせる時間である。
かといって、ハイティーンの子供たちが容認されるものではない。世界中の親の常識だろう。
しかし説教をする時期は遠に過ぎた。
「出て行け!」とかつて無敵のワイルドカードを掲げても、現在は一向に効き目はない。
むしろ嬉々として出て行くことだろう。
問題は奇妙奇天烈の様相と行動をとる「コギャル」と呼ばれる彼等ではなく、
また彼らを抑制できない個々の家庭の両親でもない。
彼らの存在を許すこの日本の社会にあるのだと思っている。
そんな児の一人が急に生活のパターンを変え始めた。
後で家内に聞くと昼のアルバイトをすることになったそうだ。
ささやかだが夜中心の生活から少しはお天道様の世界に、そう多少は理性のある人間社会に戻りつつあるようだ。
しばらくぶりに安寧を感じる。これが幸せというものか?
何のいさかいも無く、心乱れることなく、誠実な家庭の営みだけの時間が過ぎていくのを静かに感じることができる。
そして、今あらためてあの忌まわしい電話を思い出す。
あの時を境に重いしこりが訪れたのだ。
<続く>
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